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2011-09-19

2011-09-19

第268話 道は・・・

先週木曜日の稽古では、少年部が帰った後
一般の稽古では一般拳士1人と中学生が4人でした。

珍しい現象ですが、こんなタイミングもあるんですね。

そこで、久しぶりに講義をすることに。

しかし、どうも身構えての講義は苦手なもので
自然と副読本から離れた内容になりがちです。

この日は

「道は法を知って達する」

という言葉。

文字で書くと何となくわかりますが

耳で聞くと

「?????」

が頭の上を巡ってます。

聞いてたみんなが・・・・キョトン!?

何か目的を持って努力している場合を例にすると

「頑張ってます!」ということはとても大事なことですが

もし、やり方が間違っていたら・・・

その努力は報われることはなく自分が望んでいた結果から大きく逸れてしまうことになります。

少林寺拳法の技を学ぶ場合でいうと
時間を惜しんで頑張ってみても、技を成立させるための「理法」という
ものに基づく稽古でないと決して技を完成へと導くことはできないということ。

そういえばこんな言葉も思い出します。

「努力せず道に達することはできない。しかし、その努力が報われるとは限らない」

多分、これも同じ意味なんでしょうかね。

それとも「努力」以外に

「運」もあるぞ

と言いたかったのでしょうか?


まあ、どちらも「真理」には違いありませんが
ここでは、

何事もがむしゃらに頑張るだけで無く

その形の中にある、

あるいは、そこに至るための

「仕組み」

「法則」

といった
目に見えない部分にもしっかり目を向けなさいよ、

ということにしておきましょう。


仕事をするとき

勉強するとき

趣味で何かを学ぶとき

散歩するとき

寝るとき

どんなところにも

「法」

「原則」

「原理」

というものが存在します。


自分の行為がそれらに則って行われるとき
もっとも自然な行為になるはずです。

「自然な」ということが全ての「基本」であり、

それは

「宇宙の原則」と一体となる、

ともいえるでしょう。


私たちの生命も

その原則に則って成長しているということを理解し

そこから踏み外さないことが

命を活かしきることに繋がるんだと思います。


「道は法を知って」こそ「達する」ことができます。

しかし、大事なことは「知る」

ことと同時に「実行」に移す

「努力」をすることでしょう。

などと、自分に言い聞かせていました。(^^;)


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