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第281話 取捨選択

第281話 取捨選択

今年4月で64才になります。

思えばよくこの年まで少林寺拳法を続けてきたと。

もし、少林寺拳法に出会っていなかったら
今のこの体形も
今のこの考え方も
今のこのこの生き方も
きっと変わっていたに違いないですね。

少林寺拳法に出会い、開祖のお話を拝聴し、多くの指導者と出会って刺激を受け
多くの拳士と出会って交流を深め、多くの保護者の方達と出会って心豊かになり
少林寺拳法を続けてきたこの48年間は悔いのない人生でした。

と、感じています。


ただ、せっかくこれほどの環境に恵まれていながら自分を充分に磨いてこなかった
という悔いは残ります。

「真剣さ」「熱意」というものは「どこまで」という尺度がありません。
自分ではその時「真剣」に「熱意」を持って取り組んでいたと思っていても
今思えば「もう一息の突っ込みどころを逃がしていた」というのを感じます。

心のどこかで自分を驕っていて
どこかで手を抜いている。
どこかで妥協している。



「真剣さ」というのが実際は「どんな行為」を指すのか。
自分の心の中でどこまで自分をコントロールできているのか。

他人の前で自分をよく見せようとしたり、
反対にワザと軽く見せようとしたり、
周りを気にして変に妥協してしまったり。

ただ自分が自分であればいいのに
「誰か」を気にして
自分を忘れたり
自分を制御してしまう。

それはきっと「真剣さ」とはかけ離れた生き方。
自分を解放せず自分を殺した生き方。

最近、少しずつホンの少しずつ自分の生き方を「真面目」に考えているような。

それは年齢からくるものなのか
反省からくるものなのか

わかりません。


しかし、多分・・・
少林寺拳法とは違う世界の人達との交流が大きく影響しているのかもしれません。

少林寺拳法の世界で少林寺拳法に特化した生き方をしてきたために
近視眼的に見ていた世界があったのかもです。

広く見渡せばまた違った風景が見えます。

自分自身を驕らず卑下せず素直に表現する。

そんな生き方に少し目覚めたかも。

そして同時に割り切る考え方も。

こうしたい、こうありたい。
そう思ってもがむしゃらに突き進むのではなく、
取捨選択して「集中」すべきものを選ぶ。


そろそろそういう時期に
差し掛かった・・・かな?


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